


2011
南条嘉毅個展 " 際景 〜伊勢詣2〜 "
Solo Exhibition " KIWA-KESHIKI -Isemoude 2- "
YUKARI ART CONTEMPORARY(東京)
パネル、綿布、土、アクリル絵の具、他
2011
南条嘉毅個展 " 際景 〜伊勢詣2〜 "
Solo Exhibition " KIWA-KESHIKI -Isemoude 2- "
YUKARI ART CONTEMPORARY(東京)
パネル、綿布、土、アクリル絵の具、他


「際景〜伊勢詣2〜」は、日本橋から始まった伊勢詣に基づく一連の試みの完結編として、袋井から伊勢神宮までの道程を描いた展覧会である。作家自身の身体によるフィールドワークを通じて採取された土は、風景の記憶を内包した素材として画面に定着する。歩行、信仰、風景が交差する場としての伊勢詣を、現代の視点から再考する試みである。

2011年3月12日から4月16日にかけて、ユカリアート・コンテンポラリーにおいて、南条嘉毅による個展「際景〜伊勢詣2〜」が開催された。
南条嘉毅は、身体的経験に基づく知覚を制作の根幹に据え、「土」そのものを素材とするフィールドワーク型の風景画制作を継続してきた作家である。日本美術史において風俗を含む風景画が最も隆盛した江戸後期の美術、ならびに江戸期の大衆宗教史に強い関心を寄せ、現代の日本の風景の中に、そうした原風景的要素がいかに残存しているのかを、自らの身体を通して検証する姿勢を貫いている。これまで「富士登山(富士講)」「甲州道中(江戸五街道)」「東京湾(江戸前文化)」「熊野古道(自然崇拝)」「伊勢詣(神道と江戸の旅文化)」といった主題を通じ、日本人の移動や巡礼に伴って形成されてきた宗教観、風俗、風景意識を横断的に扱ってきた。南条は、日本における風景画の成立を、歩行という行為と不可分なものとして捉え、実際に現地を歩き、町並みや山々の景観を観察・分類することを制作の起点としている。
また南条は、画面を過剰な情報で充填し、物語的に読み取らせる表現を避け、鑑賞者の知覚がぎりぎり届く程度の情報量によって、感覚を喚起する風景画の可能性を探究している。そのため作品は一見簡潔に見えるが、制作過程は極めて複層的であり、高度な構造を内包している。
制作に際しては、歩行を通じて対象となる風景を選定し、写真撮影を行うと同時に、その場所の気配を強く宿す土を採集する。写真画像は手描きによるドローイングやデジタル処理によって反復的に分解され、風景が要素へと還元されていく。一方、採取された土はふるいにかけられ、顔料と同程度の粒子にまで分類される。こうして得られた画像を基に、白く塗り重ねられた綿布の上に、土やアクリル絵具を用いたアナログな描写が幾層にも重ねられる。この工程により、画面には現地を超える風景、あるいは全く別の風景が立ち現れ、土と絵具、デジタルとアナログといった相反する要素が緊張関係を保ちながら共存する空間が生成される。
本展は、日本橋から伊勢神宮へと至る「伊勢詣」に基づく一連の試みの第2段階にして完結編に位置づけられる。2009年末から2010年初頭にかけて開催された第1弾「際景〜伊勢詣1〜」では、日本橋から東海道中程の宿場町である袋井までの行程が扱われた。本展では、袋井から伊勢神宮に至る区間を主題とし、新作約10点によって、巡礼と風景、身体的移動と知覚の関係がより集中的に提示された。

















